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1961年8月4日にハワイ州ホノルルにある病院[2]で出生した。実父のバラク・オバマ・シニア(Barack Obama, Sr.)(1936年 - 1982年)はケニアのニャンゴマ・コゲロ出身(生まれはニャンザ州ラチュオニョ県Kanyadhiang村[2])のルオ族、母親はカンザス州出身の白人、アン・ダナム(1995年没)である。2人はハワイ大学で出会い、1961年2月2日に周囲の反対を押し切って結婚した。
父オバマ・シニアはイスラム教徒(ムスリム)であり、イスラム教の戒律(イスラム法)では「ムスリムの子は自動的にムスリムになる」とされているが、オバマ自身は現在キリスト教徒(プロテスタント)であると表明している。オバマは自伝で、「父はムスリムだったが殆ど無宗教に近かった」と述べている。両親は1963年に別居し、1964年に離婚した。1965年に実父はケニアへ帰国し、政府のエコノミストとなった。異父妹が1人、異母兄弟が8人(うち、4人死没)いる。なお、オバマ自身は1971年に一度だけ実父と再会している(実父は1982年に自動車事故が元で死亡した)。
その後、人類学者となった母がインドネシア人地質学者のロロ・ソエトロ(Lolo Soetoro)(1987年没)とハワイ大学で知り合って再婚したことに伴い、1967年にインドネシアのジャカルタへ移住した。地元の学校に10歳まで通った[3]。1970年に母と継父の間で異父妹のマヤ・カッサンドラ・ソエトロが誕生した。1972年、母がソエトロと一時別居して実家があるハワイのホノルルへ帰国した。1977年、母はオバマをハワイの両親に預け、人類学者の仕事でインドネシアに戻り、1994年まで現地に滞在した。この間、1980年に母のアンと継父のソエトロとの離婚が成立した。母のアンは1995年に卵巣癌で亡くなった。

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